2015年09月06日

『東京定年』

『異世界居酒屋「のぶ」』でコミカライズも果たし勢いを見せる 蝉川夏哉 さんのふとした
思いつきをもとに、糸畑要 さんが企画・編集して「コミックマーケット88」にて頒布した
アンソロジー。他に 谷津矢車 さん、DJあかい さんを迎えて44ページに渡る短編集です。

http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/33/75/040030337551.html


東京への人口集中、そして高齢化する状況を問題視し成立した、いわゆる「東京定年法」
により東京に住む65歳以上の高齢者には高額の税金や医療費等の負担割合増加が課せられ
東京から出ることを余儀なくされる──。そんな未来を想定して生まれた短編の数々です。


一作目は原案の発案者である 蝉川夏哉 さんによる「東京ゴールデン街の夜」。浜松に移り
5年が経過した“忠雄”が久々に東京、新宿へ足を運び「東京定年」を迎えた高齢者の哀愁
に触れながら、「ゴールデン街」の雑多な雰囲気が取り持つ奇妙な縁を描くエピソード。

冒頭でも述べた通り、「異世界グルメもの」での活躍がめざましい 蝉川 さんらしい飲食の
描写を踏まえつつ、高齢者だけでなく若者も視点に加えることでありえそうな未来や考え方
をより現実的なものとして感じさせる小編でした。最後に僅かな救いがあるのが良いです。


二作目は 蝉川 さんの原案にのって企画・編集を務めた 糸細要 さんによる「第4の人生」。
もうじき65歳、「東京定年」を迎える専業主夫の“昭雄”がまだまだ働き盛りの妻“凪子”
との関係を見つめ直し学校、会社、夫婦とは違う新しい生き方を模索する顛末を描く小編。

「高齢者適正居住推進センター」、通称「姥捨機関」という東京の外へ移住する候補地を
その人の資産状況や家族構成などを元に機械的に選び出すこの機関の衝撃的な描写たるや。
娘の“佐久良”が“昭雄”のことを考えてくれる良い子であるところに希望を感じました。


三作目は、ゲストとして迎えられた DJあかい さんによる「ドキュメント・東京定年」。
彼女から結婚を迫られ、いざその親に会ってみると「仕事が不安定な奴に娘はやれん」と
否定される始末。30歳直前ということもあり人生設計を見直す“僕”の機微を描きます。

「独立行政法人 人口適正化機構」いわゆる「東京定年機構」に転職した“僕”が高齢者
と応対する回数を重ねていく中で、東京の問題を地方に押し付ける施策への疑問を示唆する
短いながらも考えさせられる小編。最後に親が「落とし前」をつけてくるのが潔いです。


四作目、アンソロジーの最後を飾るのは 谷津矢車 さんの「そう、それは灰色の未来」。
「東京定年法」の施行から10年が経過した日本で同じ嗜好をもつ老人たちが新しい組織体
「インテレシャフト(興味社会)」を形成されていると記事を書く“潮見”に関する話。

「東京定年」に更なる可能性を加え新たなテーマとして投げかけ直す、約20ページに渡る
小編はトリを務めるだけあって実に読み応えがあります。谷津 さんの体験? を活かした
ちょっとした遊び心も加えられていて思わずニヤリとさせられる場面も。実に秀作でした。


2015年の1月3日、Twitter 上での 蝉川 さんと 糸細 さんのやりとりを拝見して興味を
抱いた企画がこうして1冊の本にまとまる、そして読めるという現実を目の当たりにして
「同人誌」の可能性と言いますか、凄いものだと実感いたしました。オススメの一冊です。



#(参考)

##東京定年 まとめ
#【 http://togetter.com/li/765729

#谷津さん、「東京定年」寄稿作について語る - 谷津矢車観察日記
#【 http://blogs.yahoo.co.jp/yatsuyaguruma_sousaku/13541325.html


posted by 秋野ソラ at 00:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 同人誌